ジュピターズ・ノート

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ボクの釣友犬(釣りのお供をする犬@ご主人様)のお仕事のことやその他日常の出来事などを書いた釣行記やエッセイを紹介します。

目次

  1. はじめてのお仕事(エッセイ) [45字×77行]
  2. ・・・以下、さらにUPしていく予定です。こうご期待!

vol.1 

魚がかかっているの?.jpg
 ボクの名前はジュピター。ゴールデン・リトリバー犬のオス、6歳。ボクはご主人様夫婦のフライ フィッシングのお供をする“釣友犬”というお仕事をしている。今年で釣友犬歴5年、もうすっかり ベテランになった。えっ?どんな仕事かよくわからないって… うーん、例えば川ではご主人様たち の荷物を背負いストーキング(忍び足)をしたり、湖のボート上では舳先に立ってライズ(魚の跳ね) を探しポイントへ水先案内もするんだ。その姿は人間たちにボクが釣り場でのたんなる愛玩犬ではな いことを知らしめた(…と思う)。でもそんなボクにだってドキドキの、初めてのお仕事体験があっ たんだ。



 それはボクにとって初めて迎えた冬のある日のことだった。ご主人様夫婦とボクは芦ノ湖へ釣りに 出掛けた。車が湖畔の駐車場に到着したので、ボクは車の外へストンと飛び下り、いつものようにリ ード(犬用引き綱)で車に繋がれ車の脇に伏せた。ご主人様たちがごちゃごちゃと積まれたタックル (釣り具)を車から下ろしているのを上目に見ながら、のんびりフワワとひとあくび。ご主人様の「お留守番だよ」「いい子で待っているんだぞ」という決まり文句を待ち構えていた。  
  「さあジュピター、一緒に行くぞ。今日のおまえの仕事はお留守番じゃないんだ、さあ出発だ。」 えっ何?どこに行くの?ご主人様はガチャリとリードを車からはずして手に持ち替え、スタスタと歩 き始めた。ボクはおたおたしながらロッドを抱えたご主人様の横を着いて行く。初めてのお仕事にドキドキのボク.jpg
  「こんにちわー!今日は犬も一緒なんですがー、犬をボートに乗せてもいいでしょうかー」
小さなテント小屋の前で立ち止まったご主人様は、大声で中にいたおじさんに声を掛けた。野球帽を被り長靴を履いて入り口近くに座っていたそのおじさんは目を真ん丸くして立ち上がり、ボクをじいいと見てそれからご主人様に笑いかけた。ご主人様は帽子を脱いでお辞儀をする。どうやら顔見知り らしい。
「ほう、今日は珍しい連れじゃねえか。いいよ、構まわねえよ。ところでその犬は泳げるのかい?」
「ええ、泳げます」と千恵さん。
「じゃあ、救命ベストはいらねえな」
ハハハとおじさんは笑って、千恵さんにオレンジ色の救命ベストと座布団を2個ずつハイヨと渡した。 小屋の裏はすぐ湖だった。桟橋に繋いである手漕ぎボートまで案内してくれたおじさんは、ボクをちらちらと振り返りながら別のお客さんの待つ小屋に戻っていった。



 ご主人様たちはまず荷物をボートに乗せ、それから千恵さんが乗り込んだ。
「ジュピター、乗ってごらん」
えっ、今何て言ったの?ご主人様の顔を見る。
「おいで、ジュピター。こっちにおいで」
ボートの中で千恵さんがボクを呼ぶ。ボクは2人の顔を交互に見ながら、どうしよう、と思った。ボ ートは桟橋の一段下に波に揺られてグラグラしているし、ボートと桟橋の間に湖は見えるし(泳ぐの は得意なボクだけど、飛び込みは嫌いなんだ。)何だか気持ちが混乱したまま飛び移った。ドゴン、ガ タン。今から思えば相当下手な乗り方をしたものだ。ボートの縁にしこたま後ろ足をぶつけ痛かった けれど何とか成功。
「あわてなくていいよ。じっと伏せていればいいんだよ」 と言われてもじっとしていられないほどボートは不安定な乗り物だった。桟橋を離れても不慣れなボ クを気遣ってか、ご主人様がゆっくりとボートを進める。ユラユラ足下が頼りないけれど、ボクが歩かないのにすううと景色が動いて風が体を撫ぜていく。
「ジュピターがいると、2人乗りのボートが狭いねえ」
千恵さんが嬉しそうに微笑む。   


 ボートが止まってご主人様たちは釣りを始めた。ふせるように言われたボクは2人の間に寝そべっ た。flyfisher.gifフライフィッシングは落ち着きのない釣りだ。手に持つロッド(釣り竿)を指揮者のタクトのよ うに振り回し、先端から繰り出される細いひものような「ライン」を最後の一投で一直線に前方に運 ぶ。そして先端に着いている「フライ」と呼ばれる毛針とラインが水中に沈むのを待った後、くいっ くいっくいっとテンポよくラインをたぐり寄せ、魚がフライに食らいつくように誘い、魚がかからな ければ、また最初からやり直し。
「おっ来たぞ」
釣りを始めて15分ほどたったろうか、ご主人様が叫んだ。何事かとご主人様を見ると同時に、バシャンと派手な水音がした。それは湖面での出来事だった。何かがのたうって水飛沫を上げ、そして潜 った。それを見た瞬間、ボクの頭の中の奥の方で閃光が走った。
(あの『鳥』を捕りに行かなくっちゃ!)
これなに?魚それとも鳥?.jpg
  「危ない!ダメ、そんな身を乗り出しちゃ!」
千恵さんの大声にハッと我に帰る。うわっ、これじゃ湖に落ちそう、ボクはいつのまにか片足をボー トの細い縁にかけていたのだ。そうっと足を戻し振り向くと、千恵さんがボートのボクと反対側に身 を寄せてプンプン怒っていた。
「大丈夫だよこれくらい。引っくりかえらないよ」
ご主人様は笑っ て、上手くバランスとりながら曲がったロッドを操っている。やがてボートのすぐ側にそれ は寄ってきた。プンと生臭い、ボクの知っている匂いがした。そうだ、これはニジマスの匂いだ。鳥なんかじゃない。なぜさっきは鳥と勘違いしたんだろう?魚を覗きこもうとするボクに、ご主人様は 糸の先の魚を水面すれすれに持ち上げて、よく見えるようにしてくれた。やっぱりニジマスだった。 生きたニジマスは水中でキラキラ青く光っていた。 ご主人様はニジマスの口許に手を伸ばし、フライをつまんでクイっとひねった。針から逃れた魚は 水面にゆらぎを残して湖底に消えていった。



  ご主人様は手の水をピッピッと振り払いながら、逃げた魚の行方を懸命に目で追うボクの顔を見てニヤニヤと笑っている。
「ジュピター、魚が釣れた瞬間すごくおかしかったな」
「ボートが傾いて怖かったわ」
と千恵さんが思い出したようにムッとした声で答える。
「あの時の真剣な顔。こいつの先祖は鳥猟犬だから、水飛沫を見ると鴨かなんかだと思って捕りにいこうとしてしまうんだよ。そういう『血』なんだから仕方ないさ」 ほめてもらえて嬉しい.jpg

 ボクはそれを聞いて、あの瞬間フラッシュバックのように脳裏に浮かんだ映像を思い出した。そこは葦の茂みの中の浅い水辺だった。ボクは誰かわからない、長靴を履いた人の横に立っていた。ズ ドンというとても大きな鋭い音とともにバシャバシャと水飛沫の上がる音、ギャーギャーと鳴きわめ く鳥の声を聞いた。そしてボクは誰かの命令とともに鳥に向かって走り出した所だった。ボクは祖先 の記憶と現実がオーバーラップしてしまったのだろうか?  釣りが終り、ボクらは車へと戻った。
「ご苦労様、楽しかったか?」
そう言ってご主人様はボクの頭を撫ぜ、 犬用のジャーキーを一本くれた。その時、またボクは別の遠い記憶を思い出した。口にくわえた水鳥を長靴の足元に置いた後、やさしく撫でてくれた大きな手の感触だった。
  ジャーキーはなぜか懐かし い味がするような気がした。      

1999/1/1WROTE

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